亜麻色の髪の少女

駆け出しSEの備忘録的なもの

僕が鬱になってから

どうも、うらしるです。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。
僕は鬱と付き合いながらぼちぼち生きています。

さて、前回は僕が鬱になるまでの過程を書きましたが、今回は鬱になってから現在に至るまでを書き残したいと思います。
前回同様自分語り&見づらい文章になってしまうかと思いますが、このブログを見てくださっている方が、うつ病とはどんな病気でどんな症状があってどう危険なのかを理解していただければ幸いです。

 

 

最初は些細な違和感

入社してから9か月、業界や仕事内容に大して興味がないと思いつつ日々真面目に仕事をし、少しずつ業務に慣れてきた1月頃。
僕は責任ある仕事を任されることになりました。
もちろん詳細は書けませんが、社会的影響度が大きく、失敗すれば全国ニュースになるような案件の仕事です。
既存案件のため難易度自体は高くないこと、新人の僕にとって良い経験となること、そして何より部署の人手不足から僕が抜擢されたようです。

任務を受けた直後の僕の正直な感想は、「嫌だなあ」でした。
慣れない業務、案件の社会的影響度の大きさ、そして不要なまでに責任感の強い僕の性格…
どう考えても僕の身に余る業務だと感じました。
とはいえ断るわけにもいかず、僕は様々な不安を感じながらその業務にとりかかり始めました。

それから二週間ほど経った頃だったでしょうか。
僕は連日、胃に違和感を覚えるようになりました。
嘔吐したり鎮痛剤が必要なほどの痛みがあったりするわけではなく、胸やけに近いような、そんな違和感です
ストレスが胃にきているなというのはこの時点でわかりました。
ただその時はまさか自分がうつ病になるとは思っていなかったこと、そしてうつ病を甘く見ていたことから特に対処はせず、ひどくなったら胃薬でも飲めばいいかくらいに考えていました。
身体が危険信号を出していたこの時点で対処していれば…と今は思っています。

 

仕事への強い拒絶

胃に違和感を覚え始めてから一か月ほど経った頃。
突然、心が仕事に対して強い拒絶を示す日が訪れました。
いや実際には数日前から「仕事が嫌だ」という感情自体は強くなっていましたが、キーボードの上に置いた手が震える、涙が流れるといった強い拒絶反応が突然僕を襲いました。
そして最も怖かったのは、「もうこの会社、仕事は続けられない。でも今の労働条件で働けなかったら自分の働ける場所はない。そうなるともう死ぬしかない」と、実際は危険な作業を行っているわけでも能力的に仕事がこなせていないわけでもないのにそのような思考に陥り、死への恐怖に怯えるようになったことです。
とにかく、この状況はあまりにも危ないと思った僕は、翌日有給休暇を取り、精神科ないし心療内科を受診することに決めました。

 

見つからない受診先

僕個人の感覚としては、一刻を争う緊急事態でした。 翌日、近所の精神科・心療内科を検索し片っ端から連絡しますが、「うちは入院患者を受け入れるだけで診察は行っていない」、「初診の場合は数か月先になる」といった返事しかありません。
ようやく見つけた当日に初診受け入れをしている病院はGoogle検索結果の評価があまりにも酷く、今の状況でも受診するのを躊躇うほどでした。
絶望感が僕を襲います。
"今この瞬間"、"死への恐怖に怯える"ほどの緊急事態であるにもかかわらず、緊急で受け入れてくれる精神系のまともな病院がない…。
精神の病の怖さを別の面で知りました。
僕が幸運だったのは、そのときTwitterの友人から、当日受診できるまともな心療内科を教えてもらえたことでした。
大きな病院で、自宅から電車で1時間ほどかかる位置ではありましたが、すぐに当日予約をし、その日の午後に受診することができました。
もしあの時、友人からこの病院の存在を教えてもらえていなかったら…。
今頃どうなっていたかわかったものではありません。

 

診断結果はうつ病

血液検査や心理テスト、そしてお医者さんによる問診の結果、僕はうつ病と診断されました。
今の自分の異常で緊急な状況に正式な病名がついた、たったそれだけのことで僕は少し安心した気持ちになりました。
そして、お医者さんからは「休職した方が良い」と、診断書を出すと言われました。

しかし、僕はこれを断りました。

僕の性格上一度休職をすると、迷惑をかけた部署に帰れる気がしなかったこと、また仮に復職できたとして、同じ職場で同じ仕事をしていればまた同じ状況になるだろうと感じたこと、そして「うつ病により休職」という経歴があると、別のまともな会社・仕事へ転職することが難しくなるであろうことからの決断です。
休職はあとからでもできますが、一度休職すればその事実を取り消すことはできません。
精神状況的には休職したかったところですが、後の長い人生のことを考え、僕は働きながら鬱を治すという道を選ぶことにしました
お医者さんも最初は(働き続けるのは)やめた方が良いと休職を薦めてきましたが、最終的には僕の考えを理解してくださり、薬の処方で様子を見るということになりました。

 

地獄の病状悪化

初診から一週間は比較的心穏やかに過ごすことができました。
処方された薬は調べたところ即効性のあるものではなく、飲み続けて一か月ほどしてから効き始めるもののようでしたが、病院を受診するために取得した有給休暇と土日祝日で合わせて4連休となり仕事から少し離れることができたこと、そして自分の現状をお医者さんに話して正式に病名がついたことによる安心感から症状が和らいだのだと思います。
翌週の受診でも経過良好と診断され、薬を継続しつつ働きながら様子を見る体制になりました。

ところが、その後少しずつ病状が悪化していきます。

薬が遅効性のためか精神状況は日に日に悪くなっていき、仕事を続けられないのではという不安、そんな自分への絶望が大きくなっていきました。
そして、以前感じたものとは比較にならないほどの死への恐怖を感じるようになります。
「今の会社・仕事では働けない、でも今の会社で働けなかったら他に働ける場所なんてない、働けなくなったらお金が無くなる、そうなったらもう死ぬしかない」という以前と同じ思考に陥るだけでなく、「自分は社会不適合だ、仕事ができない自分は周囲に迷惑をかける、それなら死んでしまいたい」と、希死念慮、自殺衝動に駆られるようになります。
死ぬような仕事や職場環境ではないにも関わらず、常に死と隣り合わせな状況でした。
当然そんな状況でまともに仕事もできるわけがなく、集中力が持続しない、大して仕事をせずにただただ苦痛な時間を過ごす、そんな状況になっていました。
はっきり言って当時の僕は(というか今でもですが)明らかに給料泥棒でしたし、そんな自分にさらに嫌気がさすという悪循環に陥っていました。

 

薬の変更と転職活動

今処方されている薬はどうやら効いていない、でもやはり休職という手段はとりたくない。
そんな状況だったため、薬を別のものに変えてもう一度様子を見ることになりました。
また、ちょうどその頃から仕事がひと段落し、比較的業務に余裕が生まれ、定時近くに退社できるような生活になりました。
さらにゴールデンウィークという大型連休もはさんだことで、病状は再び回復傾向になりました。
仕事の集中力は相変わらずひどいものでしたが、少なくとも死と隣り合わせといった状況ではなくなりました。
とはいえ、またいつ病状が悪化するかわからない、また自殺衝動に駆られる日々に戻ることになるかもしれない。
そのため僕はある挑戦をすることにします。

それは、自分が本当は興味のあるゲーム業界へ転職をすること。

といっても、今更現状の給料や待遇を大きく下げるような転職はしたくないというのが正直なところです。
そして、大手のゲームメーカーは大学の専攻が無関係でかつ未経験の人間を募集なんてしていません。
しかし一社だけ、未経験でも募集をしている有名ゲーム企業がありました。
一か八か、僕はその会社の選考を受けることにしました。

 

順調に進む選考過程。しかし…

選考は、自分でも驚くほど順調に進みました。
正直書類選考の時点で落ちるだろうと思っていましたが、出した翌日には選考通過の連絡。
さらに一次面接も通過し残すは二次面接のみというところまで来ました。
まさか本当にゲーム業界で働けるのかと、期待してはいけないと思いつつやはりどうしても期待してしまう自分がいました。
この転職活動を進めている間、ゲーム業界で働けるかもしれないという希望で精神状態はかなりましになっており、仕事も多少は手を付けることができる状態となっていました。
そして迎えた二次面接。
感触は悪くない、もしかしたら本当に採用されるかもしれない。
そんな期待の裏に、不安な要素が一つ、影を落としていました。
既往歴です。
いっそ隠してしまえばよかったのですが、罪悪感がまさり、僕は既往歴を聞かれた際に現在うつ病であることを伝えました。
もちろん、休職等はしていないこと、うつ病の原因は現在の仕事の職種・業界が自分とミスマッチしているためであること、ゲーム業界は本当に自分の興味ある業界で鬱に関して心配はないことを伝えました。
しかし、実際問題として、雇う側はうつ病の人間を雇いたいと思うでしょうか。
雇った後に病状が悪化し休職となれば、僕の採用を決めた人事の方は責任を取ることになります。
そんな危険性のある人間を、果たして雇ってくれるでしょうか。

結局、二次面接の結果は不採用でした。

不採用の原因がうつ病だったのかは僕には知る由がありません。
実際はうつ病など関係なく、純粋に二次面接の結果で落ちたのかもしれません。
それでもやはり、もしうつ病であると打ち明けていなかったら。
そんなことを考え、今でも度々後悔の念に駆られます。

 

転職活動がもたらしたもの

某ゲーム企業の選考が進んでいく中で、僕はどうしても自分の中で期待が大きくなってしまっていることを感じていました。
そして期待が大きくなればなるほど、不採用となった時の精神的ダメージも大きくなってしまうことを危惧していました。

しかし、いざ不採用通知を受け取った後、僕の精神状態は意外なことにも安定していました。

むしろうつ病になる前に近いパフォーマンスを仕事で出せる程度には回復していました。
二次面接の直前に薬の量が増えており、それが理由なのかもしれませんが、僕は他に理由があるのではないかと思っています。

それは、自分の人生にあきらめがついたのではないか、ということです。

前回の投稿にも書きましたが、僕はこれまでの人生で、自分が本当にしたいことへ挑戦したことがありませんでした。
流されるままに生き、そして行き着いた先でうつ病を患いました。
今回のゲーム企業への転職活動は結果的には不採用でしたが、人生で初めて、自分のやりたいことに挑戦した経験となりました。
挑戦して、ダメだった。
その経験で、どこか自分の人生にあきらめがついたのかもしれません。
今も相変わらず抗うつ剤は飲んでいますし、今の仕事内容も業界も全く興味はありません。
働きたくなどありませんし、可能な限りさぼりたい。
プライベートの時間に仕事のための勉強なんて絶対にしたくありませんし、明らかにシステムエンジニアに向いていません。
でも、ほとんどの人間はそんなもんなのではないかと思っています(というか思いたい)。
夢に向かって挑戦してみたけどダメで、諦めて大して興味もない仕事をして、生きていく。
転職活動を通して、僕はようやく、不満足な現状に甘んじ、惰性で生きていく精神を身につけようとしているのかもしれません。

 

おわりに

結局ほとんど自分語りでうつ病とはどんな病気かについて大して触れていない駄文となってしまいました。
うつ病は甘えなどという言葉をしばしば耳にすることがありますが、決してそんなことはありません。
知らない方からすれば何を大げさなと思うかもしれませんが、うつ病は死と隣り合わせの病気です。
もし、当日受診できる病院を友人に紹介されていなかったら。
もし、親や友人といった悩みを聞いてくれる存在がいなかったら。
もし、病状が回復していなかったら。
僕はどこかのタイミングで自殺衝動に従い命を投げ出していたかもしれません。

もし皆さんの周囲にうつ病を患っている方がいたら、話を聞いてあげてください。
そして決して死んではならないと、伝えてあげてください。

以上、僕が鬱になってからの話でした。
またこの先病状が悪化しないとも限らないので、自分をいたわりながら、無理なく生きていける道をぼちぼち探していこうと思います。
目下のところは、某ゲーム会社に落ちた際の後悔や悔しさとうまく付き合っていきたいと思います。 それではまた次の機会に。